特選の由来

                                              写真・鈴木正夫理学博士

研究者との対面

ごく最近だが、鈴木正夫博士に初めてお会いしたのは、2019年8月6日。

猛暑のさなかである。が、この日は少し風があり、けいはんなプラザ(関西文化学術研究都市・京都府相楽郡精華町)にある構造機能科学研究所は、ビルの冷房も利いた空間ゆえ、

「どうぞ、上着を取って」

と、進めてくださる鈴木博士に、「いえ、大丈夫です」とこたえて澄まして居られた。

京都市内からやって来て、同じ京都府下ながら、ほとんど奈良県といえるぐらいのそこそこの遠路だったゆえ、ビルに入るまでは上着もシャツも汗だくではあった。

ともかく、なにげないこの初対面のとき、

(ああ)

と、炎天下の道のりも忘れて、ある種感銘した。

夏場の来訪者に、上着を脱せよとは、稀でもない気づかいだろうが、鈴木博士にはいかにも静淑なその容姿から、通り一遍ではない、丹誠さがにじみ出ていた。

開発された製品との整合性、といえば多少奇異な表現だが、果然、このひとが生み出した製品ならば、という気持ちが湧いた。

なにしろ地肌をまもる基礎化粧品なのだ。その製品にはすみずみまでデリケートな目がそそがれていて、ようやく安心して使える。

大雑把に過ぎようが、ともかくなま身を託す商品のつくり手として、まったく相応しい人物だと直感した。

初対面のその際の印象、まだつづきがある。

上着着用のまま汗ばんだわがかおを覗いた鈴木博士は、

「すこし赤みが(だったと思う)ありますね、アトピー?」と言われた。

そう、まぶたに痒みがあって、自身花粉症だと認識していた。

左のまぶたが、ここしばらく始終痒いのである。

くしゃみ、鼻水などの症状はないが、原因を求めればスギ花粉にちがいないと、ここ数年春になれば決まってくり返す目の痒みを根拠にそう思っていた。

後刻、調べてみると、〈アトピー性皮膚炎とは、かゆみのある湿疹が、慢性的に繰り返す病気〉とあった。

ならば、当方もまぶたの痒みと、その付近の一か所にごく小さいが、赤い湿疹が有って、これは該当するではないか。

さらに調べれば、花粉症もアトピー性皮膚炎もアレルギー疾患のひとつだが、アトピー性皮膚炎はハウスダスト、ダニ、花粉などの外界からの刺激により症状が引き起こされたりもする。ならば当方は、鼻炎などはないが、まぶたの痒みと、その付近の一か所に赤い湿疹が有って、繰り返し起こっている。これはまぎれもなく花粉症によって誘引されたアトピー性皮膚炎である、という自己診断に落ち着いた。[さらに後日、当方のそれは『部分アトピー性皮膚炎』と呼ばれて、女性の罹患者が圧倒的に多いとも知った]

当方、男性ではあるが、毎年、まぶたのあたりに部分アトピー性皮膚炎症という、歓迎すべからざる免疫反応が起こってしまっていたのである。歴とした、アレルギーという、免疫機能の異常を来たしているひとりだったのだ。

いま初対面のその時をふり返って、鈴木博士には一目瞭然だったのであろうが、当人さえ見過ごすような微小な斑点ひとつであり、いまさら専門家としての凄みを感じている。

ところで、ここまで鈴木博士、と書いている。が、対面までは、大学の研究室出身、大学発ベンチャーの先駆、との予備知識はありながら、創業から20年、お相手はあくまでリムスキンケアを開発・販売する㈱構造機能科学研究所・代表取締役社長の鈴木正夫氏だったのである。

しかし、対面してお話しを伺ううち、しだいに経営者の印象は遠のいて、研究者という人物像が根をおろすように刻まれた。

なぜなら、皮脂膜を残して、皮膚の汚れを落とす、という従来と反対の手法で開発に取り組んだ果敢さ、一徹さともいえるが、それは経営者の情熱というより、研究者そのものの賭し方である気がするからである。

未踏の方向が実を結んだから、こうしてお目にかかったのであるが、談すすみその視点が理解されるに連れて、科学者の熱い思いが当方の予断を消した。


化けて粧う、ではなく、テーマは健康美肌

従来、洗顔料というのは、かお表面の皮脂膜を落として汚れを取るという、洗浄の役割ひとつで製品化されている。別の言い方では、これまでの洗顔料は「皮膚表面の油性物質を洗い流すこと」を目的に製品化されている。これら製品には皮脂膜を除いた結果招く肌の乾燥には、化粧水や乳液、クリームを用いて保湿する一連の手当てが予定されている。

鈴木博士の開発品は、キャッチフレーズ風にいえば「お肌を洗って潤す」だが、従来品ならセットになったあとのクリーム塗布など、不要にしてしまった。

分子生理学の分野で、超分子という概念がある。

種類・量・集合状態が整っている分子の集合体は、自律的に秩序ある構造を形成する「自己組織化能」を発現するが、この自己組織化能力を有する分子集合体が超分子と名付けられている。

鈴木博士は、不要になったものを取り除くと同時に、必要なものを補充する「新陳代謝機能/分子間相互作用」を開発のヒントに、製品実現のため、適用したのが超分子の技術である。

これはつまり、肌の汚れは落とすが皮脂膜は残し、さらには皮脂膜を強化してスキンバリア機能を高めるという製品開発であった。開発された製品は、天然の肌バリアとも云われる皮脂膜、その主成分「脂肪酸系脂質」をベースに構成して、新陳代謝機能、すなわち皮脂膜の汚れを不要になったモノとして取り除いて、必要な保湿機能を補充する、つまり超分子の自己組織化能を発現させているのである。

鈴木博士のはなしはそもそもの、製品開発の原点というべき場面に及んだ。

30年以上前である。スキンバリアと経皮吸収の相関を調べていた研究員当時、薬物の経皮吸収性がスキンバリアの強弱(製剤処方にも)に相関することを実体験した。

――ならば、アトピー性皮膚炎というのは、アレルゲン(アレルギーを惹起する抗原)の侵入を皮膚から許しているのではないか?

青いサバの身を想像するだけで、からだがむず痒くなる、という人もいるが、アレルゲンというのは、食べ物を摂り入れる消化器官、あるいはハウスダストのように呼吸器官がもっぱらの侵入経路と考えられてきた。

だが研究室で鈴木博士は、皮膚から体内に入ってアレルギー体質になる「経皮感作」というものが、可能性として有るのでは、と考えたのだ。

のちこの考えは、小麦成分入りの石鹸による大規模なアレルギー発症事件を契機に実証されて、皮膚経由のアレルギー体質化は、もはや医学界の常識となるに至っている。

皮脂膜を失ったり、カサカサした肌は、バリア機能が働かずに、アレルゲンの侵入を容易にして、アレルギーを引き起こす原因になる、ということである。

カサついた肌はアレルギー疾患を招く要因であり、皮膚炎が食物アレルギーをも発症させている。

となれば、事は美容のためのスキンケアという以上に切実となる。

――アトピーの予防に使える。

この機能こそが、そもそもの鈴木博士の開発の原点であり、力説するところでもある。

だから洗浄と肌バリアを主目的とする基礎化粧品でありながら、いくつかの小児科病院ではアトピー性皮膚炎予防のため、乳幼児のスキンケアにも使われている。

「健康美肌」という形容を博士は好む。

開発した製品は、実際、うるおい、しっとり、あるいはベールに包まれるような、という使用感を確かめられる。が、自らの製品に対して鈴木博士は、何よりも健康を優先する捉え方をしている。

つまり、化けて粧(よそお)う美は追求しない、健康がおのずと導く美肌こそが、開発のテーマなのである。